自分の課題と他者の課題は、分けて考えないといけないんだよな

昨日の続きというか、補足です

 

tohost3250303.hatenablog.com

 

万引きを見てしまった話

私はもともとは売る側にいた人間ですので、どうしてもそちら寄りの見方になってしまいます。
商品の一つ一つ、お客さんの一人一人、とても大切にしてきました。自分なりに仕事には真剣に取り組んできたつもりでいますし、その分、万引きはとても悔しい気持ちになってしまう。

取引先では原材料の調達から、商品の製造、そして店頭ではその商品を選んで販売する、その一連の過程を全て価値のないものだと言われているような残念な気持ちになります。

そういうわけで、私としてはどうしても万引きは食い止めたいと思うのですよ。

でもまぁ、誰もが皆、私と同じような気持ちで取り組んでいたわけではないでしょうし、仕事はただ商品、そしてお金を右から左へと移すだけのもので、その中では万引きによるロスも十分に想定してビジネスモデルを作っているのかもしれない。
そんな中では、(大した被害にならないのなら)ある程度は万引きは放っておいた方が余計なストレスもなくなるし、何事もなかったつもりで流してしまった方がむしろお店にとってはプラスかもしれないですね。

それにしても、万引きは犯罪です。
これをわかっていない大人はいないという前提では、それでも万引きをしてしまうという状態は異常なもの。
やる度に心は荒んでいくと思うのですよ。

万引きに走ってしまう理由は人それぞれだと思います、
貧困かもしれないし、何か依存症的なものかも知れない。

どちらにせよ、早く見つけて処置してあげないと、どんどん気持ちが荒んでいきます。

捕まえるのは、何もお店側のためだけでもないのだと思っています。
早く見つけてあげて、貧困なら生活保護など、依存症なら医者にかかることも必要なのかもしれません。

気持ちが荒んだ人が増えてしまえば、社会そのものが危険な方向に向かって行くのではないかって思っています。
だから、少しでも早く捕まえてあげて、然るべき処置をしないといけないなと思っています。

と、ここまで書いていてナンですけど、結局はただのお節介に過ぎないんですよね。

アドラーの心理学なんかでもそうですけれど、私がたまたま入ったお店で万引きを見かけても、それは私の課題ではないんですよね。
協力を求められれば、良心に従って応じれば良いだけのこと。

被害にあうお店、貧困や依存症に苦しんでいるかもしれない万引き犯、どちらも私の課題ではないのです。
お店にしても万引き犯にしても、もちろん私にしたって、自分の課題に取り組むべきなんです。
お節介を焼いているなら、自分のことを考えろよって話です。

本当は一人一人が自分の力でしっかりと立って、踏ん張って生きていかなければならない。
でもそれができない大人のなんと多いこと。
私も含めてなんですけれども。

自分よりも他の誰かを優先してしまう、これってアダルトチルドレン的なものの考え方なんでよね。
一つ間違えると、他者を支配してしまおうとする。
気を付けないといけないな。
自分の幸せと他者の幸せが同じなはずないのだから…

と、そんなことを考えるのでした

 

 

Amazonの商品ページは、これをおすすめしていると言うわけでもなく、ましてや売り付けようなんて気持ちはサラサラ無くて、ただ面白そうだからというだけのことです。